肉奴隷とご主人様/女王様、この二者の関係だけで調教が完結しているうちは、ある意味では肉奴隷にとっては、何をされようとも我慢できるし、虐げられることが喜びでさえあるといえる。

 しかし、プレイや調教はエスカレートするものである。次第に刺激に慣れてしまい、より酷い責めを行うようになってゆくのが自然である。これは主の側だけでなく、肉奴隷の側も(内心に葛藤はあるものの)望んでそうなることが多い。

 より強い刺激、より絶対的な服従を求めるために、しばしば行われるのが「貸し出し」である。これは、主の命令で他人に抱かれたり、SMプレイや調教を受けることである。

 主の目の前でそれが行われるケースもあれば、主のいない場に連れて行かれる場合もある。前者の場合、ビデオ撮影等を含めて主がコントロールできると考えられるが、後者の場合は何をされるかはわからない恐怖がある。

 もちろん、貸出先と主の関係から、うかつなことをして以後の貸し出しをとめられては困るという心理は、多くのケースで働くだろう。しかし、危険であることに変わりはない。

 ご主人様/女王様だけに捧げた身といいながらも、その命令に次第によって、肉奴隷は他人に好きなように嬲られなくてはならない。そして、その命令に従うことで、敬愛と服従を示せということだ。

 すべての主がこうしたやり方を好むわけではないが、貸し出しに興奮する性癖は多くのサディストが持っているように感じられる。肉奴隷になるということは、その可能性を受け入れる覚悟を持つということでもある。